東南アジアの中でタイは長らく「安定した中進国」として知られてきたが、2025年のGDP成長率は2.4%にとどまった。同時期のベトナム8.02%、インドネシア5%台と比べると、明らかに見劣りする数字だ。なぜタイの成長は鈍化しているのか。政治・製造業・観光という3つの視点から読み解いていく。
繰り返される政治的混乱が経済の重しに
タイの経済成長を阻む最大の要因の一つが、慢性的な政治的不安定だ。2006年のクーデター以来、軍事政権と民政の間を行き来してきたタイは、2023年以降も政権交代や憲法裁判所による首相解任など、政治的な混乱が続いている。
政権の不安定さは、長期的な経済政策の実行を難しくする。インフラ投資・産業振興・外資誘致などの政策が政権交代のたびに見直され、一貫性を持ちにくい構造的な問題がある。外国企業の投資判断においても、政治リスクは重要な考慮要因であり、ベトナムやインドネシアと比べてタイへの製造業投資が伸び悩む一因になっている。
【筆者所感】タイに頻繁に行く者として、バンコクの街の「豊かさ」と「経済の停滞感」のギャップが気になることがある。高級モールは賑わっているが、中間層の消費には力強さが感じられない時期もある。政治の話はタイ人の間でもデリケートなテーマで、外国人との会話では慎重になる人が多い。それでも「政府の経済政策への不満」は日常会話でよく耳にする。
製造業の競争力低下、「中所得国の罠」に近づくリスク
タイはかつて「東南アジアのデトロイト」と呼ばれるほど自動車産業が強く、日系自動車メーカーの主要生産拠点として発展してきた。しかし近年、この強みが揺らいでいる。
最大の脅威はEV(電気自動車)化の波だ。中国BYDをはじめとする中国系EVメーカーがタイ市場に積極参入し、低価格・高性能で日系メーカーのシェアを侵食している。タイ国内のEV販売は急増しており、ガソリン車中心で発展してきたタイの自動車産業は転換を迫られている。
EV向け部品産業への移行が遅れれば、長年タイ経済を支えてきた製造業のサプライチェーンが空洞化するリスクがある。日系自動車メーカーのタイへの投資も、EV戦略次第で方向性が変わりうる。
【筆者所感】バンコクの街を走る車を見ていると、確かにBYDやGACなど中国系EVブランドのロゴを最近よく目にするようになった。5年前はほぼ日本車一色だったのが、明らかに変わってきている。タイの自動車ディーラー街(ラマ9世通り周辺など)に行くと、中国系EVの展示スペースが日に日に広がっているのがわかる。この変化が日系サプライヤーにどう影響するか、注視が必要だ。
観光業は回復も、構造的な課題が残る
タイ経済にとって数少ない明るい材料が観光業だ。2025年の外国人訪問者数は3,000万人を超え、コロナ前(2019年:約3,950万人)に向けて着実に回復している。特に中国人観光客の復活は大きく、バンコク・プーケット・チェンマイなどの主要観光地を中心に消費が戻ってきている。
ただし観光業にも課題がある。「安いタイ」から「価値あるタイ」への転換が進まない点だ。バジェット旅行者に依存したビジネスモデルは利益率が低く、観光による経済波及効果が限定的になりやすい。政府は高付加価値観光(メディカルツーリズム・ゴルフ・ウェルネス)の振興を掲げているが、まだ成果は途上だ。
【筆者所感】タイは何度行っても飽きない国で、個人的に好きな旅先の一つだ。食事・人・街の雰囲気、どれをとっても魅力がある。ただ、「タイ=安い」というイメージは今や半分正しくない。バンコクの一等地のホテルや飲食店は東京と変わらない、あるいはそれ以上の価格帯になっている。経済停滞の中でも、観光地としての「価値」は着実に上がっていると思う。
まとめ
タイの2.4%成長は、政治的混乱・製造業の転換期・観光業の構造的課題という複合要因の結果だ。一時的な停滞とみるか、「中所得国の罠」に近づく警戒サインとみるか、評価は分かれる。ただし東南アジア全体の成長の波の中で、タイが「相対的に遅れをとっている」という事実は直視すべきだ。引き続き政治と経済の動向を注視していきたい。
タイの中国人観光客依存リスクと分散化の課題
タイ観光業が抱える構造的な問題の一つが、中国人観光客への依存度の高さだ。コロナ前はタイへの外国人訪問者の約3割を中国人が占めていたが、コロナ後の中国人観光客の回復は予想より遅く、回復しても以前とは旅行スタイルが変わっている。かつての大型団体ツアーが減り、個人旅行・小グループ旅行にシフトしていることで、消費パターンも変化している。
タイ政府は中国依存からの分散化を図るため、インドやサウジアラビアなど新興市場からの観光客誘致に力を入れている。またデジタルノマドやロングステイ向けのビザ制度(LTR:長期居住ビザ)を整備し、滞在型の高消費旅行者の取り込みを狙っている。
【筆者所感】バンコクに行くたびに感じるのは、インド人・中東系の旅行者が明らかに増えていることだ。ナナやスクンビット周辺でも、以前とは客層のミックスが変わってきた。単一国籍への依存を減らし、多様な旅行者を受け入れる方向性は正しいと思う。ただ、それぞれの客層に合わせたサービスや言語対応の整備も必要で、現場レベルの変化はまだこれからだという印象だ。

