人口2億7,000万人、ASEAN最大の経済大国インドネシア。ジョコウィ政権(2014〜2024年)が残した「大型インフラ建設」の遺産を引き継ぎ、プラボウォ政権は2025年以降もインフラ投資と産業育成を最優先政策として掲げている。今回はインドネシアの3つの巨大プロジェクトを追う。
スマトラ横断鉄道、アチェ〜ランプン計画が具体化
インドネシアのスマトラ島を縦断する「トランス・スマトラ鉄道」構想が、具体化に向けて動き始めた。アチェ州(最北端)からランプン州(最南端)までを結ぶ全長約2,000kmの鉄道計画で、スマトラ島内の人流・物流を根本から変える可能性を秘めた超大型プロジェクトだ。
スマトラ島はインドネシアのGDPの約20%を担う経済的に重要な島だが、交通インフラの整備は遅れており、島内の移動は依然として長距離バスや航空機が主流だ。鉄道が整備されれば、農産物・資源の輸送コストが大幅に下がり、地域経済の底上げにつながると期待されている。
ただし課題も多い。熱帯雨林・山岳地帯・河川を縦断する難工事になることに加え、建設費は数百億ドル規模と見込まれており、資金調達が最大のハードルだ。中国の一帯一路からの支援も検討されているが、過去の政治的経緯から慎重論もある。現実的な完成見通しは2040年代以降とみられている。
【筆者所感】スマトラ島には何度か行ったことがあるが、島内移動の不便さは実感として知っている。メダン(北スマトラ)からパダン(西スマトラ)まで陸路で移動しようとすると1日がかりの旅になる。鉄道が整備されたら移動の選択肢が広がるが、2040年代というタイムラインはかなり遠い話だ。「構想が具体化した」と「実現する」の間には、インドネシアでは特に大きな壁があることが多い。
新首都ヌサンタラ、建設は続くが入居は遅れ気味
ジョコウィ前大統領が推進した新首都「ヌサンタラ」(東カリマンタン州)の建設は、プラボウォ政権でも継続されている。政府機能の一部は移転が始まっているが、本格的な都市機能が整うのはまだ先との見方が強い。
当初は2024年の独立記念日(8月17日)に政府機能の一部移転を計画していたが、インフラ整備の遅れと資金不足から計画は大幅に修正された。民間企業の投資誘致も難航しており、「スマートシティ」として描かれた未来図の実現には不透明感が残る。
それでも、新首都構想はインドネシアが「ジャワ島一極集中」から脱却し、国土の均衡ある発展を目指すという長期的な政策方向性を示すものだ。完成に時間がかかるとしても、方向性自体は評価する声が国内外から上がっている。
【筆者所感】ジャカルタの慢性的な交通渋滞と洪水問題を見ていると、首都移転の必要性は理解できる。ただ、数十年かけて発展してきた都市インフラをゼロから作るのがいかに大変か、というのもまた事実だ。ヌサンタラが「本当に機能する都市」になるまでには、まだ長い道のりがあるだろう。
EV産業の育成とニッケル資源戦略
インドネシアはEV(電気自動車)産業の育成にも力を入れている。世界最大のニッケル埋蔵量を持つインドネシアは、EV電池の主要素材であるニッケルを「資源輸出」から「加工・製造」へとシフトする戦略を取っている。ニッケル原石の輸出を禁止し、国内での精錬・加工を義務付けることで付加価値を高める政策だ。
この戦略はEUとの貿易摩擦を引き起こす一方で、国内のニッケル精錬・電池材料産業の育成には確実に効果を上げている。中国・韓国の電池メーカーがインドネシアへの投資を加速しており、将来的にはインドネシア産EV電池が世界市場に供給される可能性が現実味を帯びてきた。
【筆者所感】「資源を売るだけ」から「加工して売る」への転換は、産業政策の王道だ。インドネシアがニッケルでこれをやろうとしているのは戦略的に正しいと思う。ただ、EUとの関係悪化は欧州市場へのアクセスに影響し、輸出全体への打撃になりうる。資源ナショナリズムと国際協調のバランスをどう取るか、難しい舵取りが続く。
まとめ
インドネシアは「壮大な構想」と「実現の遅れ」が共存する国だ。スマトラ横断鉄道・新首都ヌサンタラ・EV産業育成、いずれも方向性は正しいが、実現には時間とリソースが必要だ。2億7,000万人の巨大市場と豊富な天然資源を持つインドネシアのポテンシャルは疑いようがないが、それを引き出すガバナンスと実行力が問われている。引き続き注目していきたい。
インドネシアの若い人口と「ボーナス人口」の窓
インドネシアが持つもう一つの強みは人口構造だ。現在の中位年齢は約29歳で、生産年齢人口(15〜64歳)が総人口の約70%を占める「人口ボーナス」の時期にある。この恩恵を最大限活かせるかどうかが、2030〜2040年代のインドネシア経済を左右する。
課題は教育の質と雇用の創出だ。大学進学率は上昇しているが、卒業者のスキルと労働市場のニーズのミスマッチが指摘されている。製造業の高度化やデジタル産業の育成が進まなければ、人口ボーナスを生かしきれないまま「人口オーナス」(高齢化による負担増)に移行するリスクがある。
政府はこの課題に対応すべく、職業訓練プログラムの拡充や産学連携の強化を進めている。特にデジタルスキル教育には力を入れており、農村部の若者も含めたデジタルリテラシーの底上げが政策の柱の一つになっている。
【筆者所感】ジャカルタで現地の若者と話すと、起業や個人事業への意欲が高いことに驚く。「会社員より独立したい」という感覚が強く、GoJek・Tokopediaのような成功した地場スタートアップへの憧れも大きい。人口ボーナスの時代に、こうした起業家精神が経済の活力になっているのは間違いない。あとはそれを支えるエコシステムが整うかどうかだ。

